私の意見では、もしそのままにしていられたら、そのほうがもっと幸いです。
私も、神の御霊をいただいていると思います。
(第一コリント7:40)
夫婦は、どちらかが先に亡くなった場合、主のみこころにかなう結婚相手であれば、
願う人と結婚する自由があります(39)。
その上で、パウロは個人的意見として、
「もしそのまま(一人身)にしていられたら、そのほうがもっと幸いです」と助言します。
再婚することは自由であり、幸いなことですが、
そうしないでいられるなら、もっと幸いなのです。
どちらも幸いなので、後は、個人個人が主の前に判断していけばよいことでしょう。
ところで、パウロは「私も、神の御霊をいただいていると思います」と最後に一言、付け加えています。
これは、「私の意見」として述べるパウロの助言が、
単に個人的な意見というよりは、聖霊を受けている使徒として、
責任をもって、神のみこころにかなうことを語っていることを意味します。
「私も」と言っているのは、コリント教会の一部の人が、
「自分には聖霊が宿っている」といって、間違ったことを吹聴し、
パウロに反抗していたことが、背景にあるでしょう。
かなり穏やかな言い方ではありますが、
パウロを誹謗中傷する輩に、自身の使徒性を明示している言葉です。
ともあれ、「良いこと」と「もっと良いこと」があったように、
「幸い」なことと「もっと幸い」なことがあります。
何が幸いで、何がもっと幸いかは、その時の状況によります。
いずれにせよ、主の前に「幸い」と言えるほうを選んでいくことが大切です。