第一コリント 6 : 8

 

ところが、それどころか、あなたがたは、不正を行う、だまし取る、
しかもそのようなことを兄弟に対してしているのです。

(第一コリント6:8)

 

クリスチャンであれば「不正を甘んじて受け」「むしろだまされて」(7)いるべきでした。
すなわち、仕返しをしなかったキリストを模範とすべきでした。
しかし、コリント教会は、悪を忍ぶどころか、自ら悪を行い、
だまされるどころか、自ら仲間をだましました。
「しかもそのようなことを兄弟に対してして」いたのです。
無論、相手が未信者であればよい、という意味ではありません。
誰に対しても、不正な取り扱いをしてはなりません。
しかし信仰者は、すべての人を愛することはもちろん、
同じ神を信じる神の家族である兄弟姉妹は特別に愛するべきなのです。
信仰者であれば、互いへの特別な愛顧の念を持つものだからです。
「イエスがキリストであると信じる者はだれでも、神によって生まれたのです。
生んでくださった方を愛する者はだれでも、その方によって生まれた者をも愛します。」
(Ⅰヨハネ5:1)とあるとおりです。
神の家族同士で、民事トラブルが生じることはあったとしても、
それを世の裁判所に訴え、なおかつ互いに不正や騙しで、やり合うというのは、
およそ、クリスチャンがすべきことではありません。
むしろ、互いへの愛と慈しみによって、理解し合い、
家族として問題解決にいっしょに取り組むべきなのです。