第一コリント 2 : 7

 

私たちの語るのは、隠された奥義としての神の知恵であって、それは、神が、私たちの栄光のために、世界の始まる前から、あらかじめ定められたものです。

(第一コリント2:7)

 

「私たち」すなわちパウロや教会、クリスチャンが語る「神の知恵」は、「隠された奥義」です。
奥義(ミステリー)とは、謎という意味ではありません。
人間はまったく到達することはできないが、神の啓示によって明らかになった真実、という意味です。
この世からは隠されていますが、霊の人には啓示されている神のみこころです。
福音の真実は、本来、人間には知り得ませんが、神の愛がその奥義を知らしめるのです。
信じない人に対しては、隠されたままですが、信じる人には啓示されています。

この「隠された奥義としての神の知恵」は、後から考え出されたものではありません。
「世界の始まる前から、あらかじめ定められたもの」です。
世界の創造の前から、創造主なる神のみこころにあった計画です。
神であるイエスが、人となって世に来られ、罪人の身代わりとなって十字架の刑罰を受け、これを信じる者は救われるという福音。
これは、人間の知恵ではなく、神の知恵であり、永遠のはじめからの、神の定めです。

それは「私たちの栄光のために」神がご計画してくださったことでした。
私たちの霊的祝福、本当の幸せのために、時のはじまる前から、福音は計画されていたのです。