第一コリント 1 : 6~7

 

「それは、キリストについてのあかしが、あなたがたの中で確かになったからで、
その結果、あなたがたはどんな賜物にも欠けるところがなく、
また、熱心に私たちの主イエス・キリストの現れを待っています。」

(第一コリント1:6~7)

 

コリント教会の教会員には、聖書を理解し教えるというすばらしい賜物がありました。
このような賜物が与えられたのは、「キリストについてのあかしが、あなたがたの中で確かになったから」でした。

「キリストのあかし」とは福音のこと。
「確かになった」とは、聞いて学んだ福音が、聖霊によってしっかり身に着いたということ。
その結果、コリント教会のクリスチャンは、「どんな賜物にも欠けるところがなく」なりました。
また「熱心に私たちの主イエス・キリストの現れを待つ」ようになりました。

クリスチャンは生涯を通して、聖霊によって福音をしっかり身につけていきます。
イエスを信じて終わりではありません。むしろ、それは始まりです。
信じて救われたクリスチャンは、バプテスマを受け、教会員となり、
礼拝をはじめとする集会に集い、聖書を学び続け、聖霊によって成長します。
クリスチャンにとって、聖書の学びはしてもしなくても良いものではありません。
マタイ28:20、使徒2:42にあるように、
救われたクリスチャンが、聖書を学び続けることこそ、主のみこころです。
学びは信仰生活に不可欠です。学びが不足すれば、信仰も枯渇します。
教会の各集会、こうしたみことばメールなどを通し、聖書を学び続けましょう。