第一コリント 2 : 16

 

いったい、「だれが主のみこころを知り、主を導くことができたか。」
ところが、私たちには、キリストの心があるのです。

(第一コリント2:16)

 

生まれながらの人間が、神のみこころを知り得ないことを、
イザヤ40:13「だれが主のみこころを知り、主を導くことができたか」を引用して、
パウロは結論付けます。
だれも神のみこころを知ることはできません。
神の深みを知る聖霊を受けている人だけが、神の心を知ることができます。
クリスチャンには「キリストの心」があるので、神の心を知ることができるのです。
「キリストの心」とは聖霊のことです。聖霊は「キリストの御霊」です(ローマ8:9)。
もちろん、聖霊を宿しているからといって、
クリスチャンが神のみこころのすべてを理解しているわけではないし、
クリスチャンの言うことに間違いがないわけではありません。
事実、パウロはこの手紙で、聖霊を宿しているクリスチャンに向かって、
その考え方、生き方の過ちを指摘していきます。
ここでパウロが言わんとしていることは、
内住の聖霊がいつもキリストを示してくださるということです。
間違っているときは正し、間違っていない時には励まし、
罪を犯した時は悔い改めに導き、
善を行なったときには、神が喜んでおられることを教えてくださいます。
「キリストの心」である聖霊が与えられているとは、何という幸いでしょうか。
「私たちにはキリストの心がある」と言えることのすばらしさゆえに、
神を賛美します。