ですから、私は決勝点がどこかわからないような走り方はしていません。
空を打つような拳闘もしてはいません。
(第一コリント9:26)
すべてを福音のためにしているパウロ。
その生き方が、スポーツの例えで、続けて語られています。
パウロは、ゴールがどこかわからないランナーのような走り方をしていませんでした。
きちんと目標を定めて、そこに向かって進んでいました。
また空を打つようなボクシングもしていませんでした。
戦っているふりだけのシャドー・ボクシング、
あるいはパンチが相手に当らないような無意味なボクシングはしませんでした。
目標に向かって的確な働き方をしていたのでした。
私たちは人生の決勝点をどこに置いて走っているでしょうか。
正しい目的からそれて、拳が空を打つような人生にならないよう、
最終的な人生の決勝点を明確にしておきましょう。