第一コリント 6 : 2

 

あなたがたは、聖徒が世界をさばくようになることを知らないのですか。
世界があなたがたによってさばかれるはずなのに、
あなたがたは、ごく小さな事件さえもさばく力がないのですか。

(第一コリント6:2)

 

教会員同士の金銭トラブルを、未信者による民事裁判にはかるコリント教会。
パウロは、そのようなことをするべきではないと戒めます。
なぜなら、クリスチャンはやがて「世界をさばく」裁判員となるからです。
最後の審判で聖徒がさばきの座に着くことは、主イエスもお話しになりました。

「世が改まって人の子がその栄光の座に着く時、
わたしに従ってきたあなたがたも十二の座に着いて、
イスラエルの十二の部族をさばくのです。」
(マタイ19:28)。

「けれども、あなたがたこそ、わたしの様々の試練のときにも、
わたしについて来てくれた人たちです。
わたしの父がわたしに王権を与えてくださったように、
わたしもあなたがたに王権を与えます。
それであなたがたは、わたしの国でわたしの食卓に着いて食事をし、
王座に着いて、イスラエルの十二の部族をさばくのです。」
(ルカ22:28~30)。

主イエスについていく全ての聖徒は、終わりの日に王となり、世界をさばく一員となります。
そのような聖徒が、お互いの間の「ごく小さな事件さえ」さばけないようではいけません。
主を王と仰ぎ、主に従うクリスチャンは、やがてイエスとともに世界を裁く者として、
互いの問題を、みことばと聖霊によって、主の愛と正義のうちに、解決する力があるのです。